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1996年03月23日 朝刊 福岡 01940文字


望まぬ妊娠 中絶選びひとり苦悩(子のない風景:中) /福岡

 人工妊娠中絶を三回したという女性(四九)に会った。「どうしようもない、ぎりぎりの選択だったんです」。こちらの目を見て、淡々と話す。声の調子も一般の話題のときと変わらない。ただ、心なしか、自分自身に言い聞かせているように見えた。
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 大学で法律を学んだ。弁護士になるのが夢だった。一九六九年、三歳上の会社員と結婚したが、勉強は続けた。三年ぐらいで司法試験に通り、二年修習、子どもはそれから、と考えていた。夫にもそう話していたはずだった。
 七〇年九月、二十三歳で長男を出産した。二年後、次男を身ごもる。夫はまったく避妊に協力してくれなかった。
 長男の世話を近所の人やしゅうとめにしてもらいながら次男を産んだ翌年、今度は長女ができた。見かねた実家の母親が手伝いの女性をよこした。出産後、「もう子どもはいらない」と思った。弁護士の夢はあきらめていた。
 また妊娠するかもしれないと思うと、夫と寝るのが苦痛だった。避妊できないなら、不妊手術をしてほしいと頼んでも、夫は「そういう話は聞きたくない」と言うばかりだった。
 三人目を産んだ一年半後、また妊娠した。子どもはまだ四歳、二歳、一歳。流産する恐れがあるからと、医者に入院を勧められても、できる状況じゃなかった。「こんどの子はあきらめたいんだけど」。そう夫に話すと、「好きにすれば」と言われた。夫を憎んだ。迷った末、流産を止める処置を拒否した。
 さらに一年半後、五回目の妊娠に気づく。今度は中絶してほしいと医師にはっきり言った。
 それから一年半後、また妊娠した。かぜをひいて体調を崩していたので、安全のため麻酔をかけてもらえないまま、中絶手術を受けた。
 一日中、だるくて仕方なかった。熱があり、手足の関節も痛んだ。寝込みがちな生活が三年ほど続いて初めて、夫は中絶の怖さに気づいたようだった。
 おろした子どものことを忘れたわけではないが、割り切ることで、気持ちを整理しようとした。「望まない妊娠だったから仕方ない。全部夫のせいなんだ」。夫を責めることで、罪悪感から逃れようとした。

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 八二年から八三年にかけて、自民党などが優生保護法を改正しようとする動きをみせた。他人事とは思えなかった。
 改正派は「妊娠の継続または分娩(ぶんべん)が身体的または経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」という規定から「経済的理由」を削除しようとした。
 「夫のように避妊をしない男性がいるのに、中絶の規制が強まれば、結局、私のような女性が苦しむことになる」。いてもたってもいられなかった。
 優生保護法の勉強会に参加したり、県議会に改正反対の決議をするよう申し入れる運動に加わったりした。このときは、法案提出には至らなかったが、改正の動きは今も続いている。
 七〇年代以降、先進国では、子どもを産むか産まないか、産むとしたら、いつ何人か、などは女性自身に決める権利や自由があるとする考えが広がってきた。「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」と呼ばれ、九四年カイロの国際人口・開発会議や昨年の北京女性会議でも、その保障が確認された。
 女性の自己決定権に基づいて中絶などが行える法律の制定などを目指して、現在、月一回の学習会に参加している。
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 「中絶してよかった」と言う女性は、特別の場合を除けば、まずいない。何よりも、心の傷が大きい。子宮に傷がついたり、不妊や子宮内膜炎などの後遺症に悩むこともある。男女が避妊さえきちんとしていたら、中絶は確実に減るはずだと思う。
 「女性はもちろんだけれど、子どもに対して、男性も責任をもたなくちゃ」。大学生になった息子や娘に、時々そんな話をする。母親の痛みを知り尽くしている子どもたちは「わかっているよ。大丈夫だよ、母さん」と答える。
 (文・杉原里美 写真・木村英昭)
  
 《メモ》刑法は妊婦の堕胎罪を一年以下の懲役と定めている。しかし、不良な出生を防止し、母体を保護することを目的にできた優生保護法は、中絶を一部合法化した。中絶できるのは、本人や配偶者が遺伝性身体疾患であったり、強かんで妊娠した場合などとされる。
 厚生省によると、一九九四年の中絶件数は、全国で三十六万四千三百五十件。うち三十六万三千九百六十六件(九九%)が「身体的または経済的理由」だった。
  
 【写真説明】
 経口避妊薬「ピル」。ほぼ100%の避妊効果があるとされる。日本では、月経異常などの治療薬として、ホルモン量が多い中・高用量のものが使われている。副作用の少ない低用量ピルは認可されていない=福岡市中央区の浜の町病院で

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